2006年05月06日

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 日が沈み、夏の暑さも大分マシになってきた夜の山道に彼らは居た。
「里美、休まなくても大丈夫?」
「……うん、大丈夫。心配掛けてごめんね葉子」 
 肩で息をしながら、必死に自転車を押しながら山道を登る小柄な少女――里美と、その隣で励ましながら登る活発そうな少女――葉子。その二人を見守るように後ろからついて行く眼鏡を掛けた少年――英知。
 そして、少女たちより五十メートルほど先で待っている、少し困ったような表情をしている大柄な少年と、神経質そうな顔をしている細目の少年。
「……なあ圭、ちょっと予定より遅れてるよな?」
「ちょっとじゃない。かなり遅れている」
 大柄な少年――夕の問いに、訂正を入れて返答する圭。
 そう。彼らの予定では日暮れ前には目的地である海に着いている筈なのだ。では、なぜ予定が遅れているのかと言うと、それは必死に山を登っている少女、里美のせいである。
 元々、この自転車で海へ行くという計画は圭たち少年三人で実行する予定だったのだが、決行三日前になって、葉子と里美に計画がばれてしまった。そして葉子は「その計画に自分と里美も加えなさい。さもないと親に計画のことをばらす」と脅迫――もとい、要求してきた。
 そう、この計画は親には秘密にしていたのだ。夕の両親が法事で一晩家を空けることがかなり前から分かっており、圭と英知は親にその日は夕の家に泊まると言う。これで圭たち三人は一泊二日の間、夕の家に居るという風に親たちに思わせることができた。あとは一日目の午前中に海に向けて出発、夕暮れ前には海に到着。夜は軽く花火をして早めに就寝。そして夜明けと共に海で泳ぎ、昼前には家に向けて出発。夕暮れ前には帰宅しているというのが、元々の計画であった。
 だが、葉子たちが計画に参加することになって計画が大幅に変更された。まず、できるだけ平坦で通行量の少ない道への変更。次にコンビニ・ファミレス等の休憩個所の増加。距離延長による到着時間の遅れを考慮して、出発時間を二時間繰り上げ。以上の点を変更して今日という日に望んだのだが、結果は未だ道程の三分の二で夜の山中という現状であった。
 息を切らせながらも里美が圭たちの所まで辿り着くと、そこで一旦止まって呼吸を整える。
「……ごめ……ん、なさい。……私のせいで、皆に迷惑かけてる……」
「気にすることないって。里美ちゃんは精一杯頑張ってるんだからさ」
「そうよ。里美に一言でも文句言う奴がいたら、私が殴って泣かせて土下座させて謝らせるてあげるわよ!」
 謝る里美を暖かな言葉で力強く励ます夕と葉子。そんな夕たちの言葉に冷水を浴びせるかのような、冷静な声で圭が言う。
「でも、そろそろ諦めることを考える必要がある」
 その言葉に里美はびくっと身体を震わせる。
「おい、それってどういう意味だよ!?」
「そのままの意味だ。別に里美が悪いと言ってる訳じゃない。だが、このままのペースで進んでは明日中に帰宅できない。それがどういう意味か判ってるだろう。予定が一日延びました、では全員済まないぞ」
 唸りながら黙る夕。彼らは親に黙ってここにいる以上、明日の夕刻までに帰宅しないと自分たちの勝手な行動がばれてしまう。ばれてしまえばどんなに怒られるかは想像に難くない。
「ばれなければ次のチャンスがある。今回は準備不足で決行した俺たち全員の責任だ。今回をことを反省すれば次はちゃんと成功できる。今引き返せば次があるんだ」
 圭の言葉に全員が沈黙する。夕の顔には諦めが、葉子の顔には悔しさが、里美の顔には申し訳なさが浮かんでいた。三人共、圭の言葉が正しく、従うべきものだと理解していたが、感情では納得しきれていなかった。
「――行こうよ。このまま海まで」
 発言したのは英知だった。普段と一緒の穏やかな声で。
 圭は真っ直ぐ英知を見据える。知らない人ならばまるで睨まれていると思うような目付きである。
「英知。お前は状況を理解していないのか? 進んだら計画は失敗。そして次のチャンスもない。今引き返せば計画は失敗しても次のチャンスがあるんだぞ?」
「確かに進んでも成功はしないよ。でも、失敗もしない。だって海へ行くって目的は達せられるんだよ? それに、次のチャンスって本当にあるの? 僕たち五人が揃って親に内緒で海へ行ける機会なんて。あるか判らない機会を待つくらいなら、多少の失敗があっても目的を達せられる今、進むべきだと思う」
 二人はそれ以上何を言うでもなく、ただ見つめあうようにお互いを見据えた。
「……意見が割れたら多数決。それが俺たちのルール……だな」
「だね」
 微笑みながら言う英知に、やれやれと言った感じで言う圭。
「それじゃあ票を取るぞ。まず、このまま帰宅する方が良い奴」
 圭の声に反応してあがった手は……一つ。圭本人だけだ。
「次はこのまま海に向かう方が良い奴」
 素早く葉子が手を上げ、
 力強く夕が手を上げ、
 ゆっくりと英知が手を上げ、
 おずおずと里美が手を上げた。
「決まりだな。決まった以上俺は何も言わない。……だけど、全員親に怒られるのだけは覚悟しとけよ。残りの夏休みの外出無し。小遣い半年無しどころではすまないだろうからな!」
 圭の言葉に怯える者はいなかった。夕や葉子などは来るならこいという顔をしている。
「それじゃあ、里美は英知の自転車に乗れ。自転車は夕が、荷物は俺が持つ。これが今一番早く進める方法だから、反論は聞かない」
「……? 俺と英知逆じゃないか? 多分その方が早く進め――って!?」
 夕が最後まで言う前に、隣に立っていた葉子から容赦ない肘鉄をくらう。
「ほらほら、ぼうっとしてないでさっさと言われたとおりにする。里美も早く英知の自転車に乗りなさい」
「う、うん」
 うずくまる夕を無視して、葉子が里美を急かせる。英知の自転車に乗った里美は恥ずかしそうに俯いて英知と顔を合わせないようにしていた。
 気持ちも新たに出発した五人はまた海を目指して歩き出す。無理をせず、途中で適度に休憩をいれつつ四時間ほどかけて山を登り終えると、そこからは早かった。自転車で山を下り、一気に海へと辿り着く。
「……着いた……よね?」
 不安そうに呟く里美。海岸沿いについたが、砂浜までは見えるが海は暗くて夜の闇の中だ。だが、聞こえる波の音に、潮の匂いはそこが海だと告げていた。
「うん。着いたよ。間違いなく海だ」
「――いよっしゃあああ!」
 英知が断言すると、夕が喜びの雄たけびをあげる。そして葉子とハイタッチを交わした。
「よし、まずは記念撮影と行きましょう。みんなよってよって」
 そういって葉子はカバンからカメラを取り出すと、自転車のサドルの上に固定してタイマーをセットする。数秒後、夜の闇を一瞬カメラのフラッシュが引き裂いた。
 それから思い思いに砂浜に下りると、走り回ったり波打ち際で騒いだりする。が、三十分も持たないうちに、砂浜の上で誰からとなく寝だした。目覚めた彼らの目の前には、計画がばれて追っかけてきた親がいることになるのだが、今はまだそんなことは知らずに、楽しそうな穏やかな寝顔で眠っていた。










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posted by 細雪 at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Free Title | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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